2008年11月25日

ヤッシー再び

昨日は、前の勤務校での卒業生が京都に来ているという連絡を受け、昼に会う。
世間は休日だったようだが、うちの大学は授業日で夕方授業だったのであまりゆっくり話しができなかったのが残念。

僕は、前任校では学生たちに「ヤッシー」と呼ばれていた。そうだった。
卒業生を前にしては僕は「ヤッシー」である。うん。

卒業してからの社会人としての苦労ばなしをいろいろ聞いた。

思い返せば、僕も学部を出て一旦デザイン事務所に就職したものの、1年足らずで辞めた。そしてふらふらしていた。
今言えることといえば、自分に合った思い通りの職場なんてない、ということである。それを本当に望むのであれば、自分でつくるしかない。

お金をもらう、とはどういうことか。
自分はこんなことをやろうとしている。でもそれを実現するスキルは自分にはない。だからそのスキルを持っている人にお金を払って頼むしかない。
ということは自動的に、お金をもらう方は、誰かの思いを肩代わりすることであって、お金をもらって自分の思い通りの仕事を達成することは原理的にはありえない。

お金をもらう、ということは自分じゃない誰かの思いを達成すること、であると思う。そこに、自分の意識は作動しない。

自分の思い・やりたいことを貫きながら、それなり以上のお金を得ることは凡人には不可能である。僕は凡人であることを自覚しているので無理である。

お金を得ること、自分のやりたいことを達成すること。僕は現段階ではその両方を得られていない。だからといって、僕より若い人たちに、「それは無理」と言うつもりはない。

僕にできなかったこと、今僕ができていないことを、うまくできる学生+卒業生が出てくることは、とっても幸せだと思う。だから僕に関わった学生みなさんの将来にはとても期待している。

でも、最初のうちはうまくいくはずなんかない。
大事なのは、短い、刹那で判断しないこと。時間の経緯のなかで見えてくることは確実にある。

はじめはツライことばかりである。僕もそうだった。

あきらめないでほしい。
今、あなたが直に感じていることは間違っていない。終わってはいない。むしろまだ始まってもいない。

また話しをしよう。僕はあなたたちの前ではいつまでも「ヤッシー」である。

OK,何の問題もない。





posted by kazar at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日々
この記事へのコメント
会社に入る前
「お金を1円でも稼ぐことは大変なこと」
と親に言われその意味がよーく分かりました。

「あきらめないでほしい」か
ヤッシーにそう言われるとまだ続けなきゃね。

夏までに私もヤッシーと会いたいです。
積もる話が沢山あるので…笑
また連絡します。

テラテラこと寺岡
Posted by テラテラ at 2009年03月12日 12:59
テラテラさん

あきらめないでほしい、
と書きましたが、自分が企む大きな目標のために、
目の前の小さなつまらないことはあきらめても
問題ないと思ってます。
ただ、大きな目標はあきらめないでほしいです。

またお会いできること楽しみにしています。
ご連絡お待ちしています。

OK,何の問題もない。
Posted by kazar at 2009年03月13日 01:10
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